お金のかからないパルクールを目指せ

パルクールはお金がかかる?かからない?答えはパルクール次第だ。

だが俺はお金のかからないパルクールを選びたい。いや、選ばざるを得ないというべきか。

俺は不器用だ。その上、性格も利己的で、自分一人で容易く生きていけるし、その辺のやつより心身共に強いぜ、などと自惚れている。そんな俺には人脈などない。恋人はもちろん、友達さえも。かといって天涯孤独というほどではないが、経済的に頼れるほどの絆はない。だからお金を稼ぐことができない。

仕事はいくらでもある?それは器用で人付き合いを支障なくおくれる者だけが言えることだ。俺はずっとパルクールという名の遊びばかりをしてきた。遊び続けられるようなパルクールを模索し続けてきた。そこには勉強もなければ人付き合いもない。十年以上を費やして鍛えるべき経験が、俺は欠如している。学校?ああ、たしかに学校である程度は鍛えられたよ。俺が仮にも会社員として生きていられるのはそのおかげだろう。それでも他の生徒には遠く及ばぬ。俺の頭はもはや雑談にすらついていけないくらいに退化した。初見のスポットですぐ動けるくらいのオンサイトはできるのにな。つまり偏っている。そしてその偏りは、日常生活で生きる方へはほとんど配分されてないんだ。

今、俺は会社に勤めている。そこそこのホワイト企業に入ることができた。しかしここでも先は見えている。俺には昇進できるほどの要領も、転職できるほどの能力もない。また、パルクールを犠牲にしてそれを鍛えるつもりもないし、犠牲にせずに鍛えられるほどの要領もない。俺はこの会社に寄生し続けることでしか生き長らえることができない。平社員としてな。もちろん平社員だから給料は頭打ちだ。残業?何を言っている、俺はトレーサーだぞ?何故仕事のために貴重な時間をそんなに費やさねばならぬ?有給だってフル消化が当たり前だ。これでも足りないくらいだ。

ほら、やはり俺の収入はたかが知れている。これは今後も変わることがないと思われる。だからお金がかからないようにしなきゃいけないのだ。

そのためには「やらないこと」を増やすしかない。さっき書いた 結婚しないってこと もそうだな。ファッションとか、機材とか、交通費とか、外食とか交際費とか、車とか、他にも色々あるよな。みんな持っていて、便利そうなもの。楽しそうなもの。そいつらは諦めねばならない。

幸いにも犠牲は得意だ。あれこれ犠牲にしてパルクールだけに費やす。そんな悲劇のヒロインチックな境遇は俺にとってエネルギーになる。昔からそうやって自分を鼓舞してきた。そういう風に演じるのは楽しいんだよ。ふふ、案外俳優のセンスがあるかもしれねえな俺。プロトレーサーという名のアクターは(たとえそれで生活できるとしても)御免だが、案外できるのかもしれねえ。……おっと話が逸れた、ともかく、俺は犠牲に慣れている。過去には自己撮影無しで自分の動きを把握することや乗り物不要な範囲のローカルなスポットでパルクール人生を完結させることなども成功している。そのレベルでは俺は犠牲にし、その結果に適応することができる。犠牲の伝道師と呼んでくれ。日常生活のことなど、パルクールスタイルの捻じ曲げと比べれば何十倍も容易いさ。

世の中には裕福なトレーサーが少なからず存在する。生まれが裕福であったり、要領が良くて高給を取りながらもパルクールを一趣味として楽しんでいたりするのだが、彼らを見るとお金が欲しくなる。あれば便利だろうなと考え、手に入れようかともくろんでしまう。そのためにパルクールを犠牲にしてでも頑張ろう、勉強しよう、働こうと考えることさえある。

バカなことはやめろ。そんな要領はないだろ?そしてそれは現在進行で続いている。今更簡単には行かないぜ。もちろん可能性ゼロとは言わないし、俺だって楽したいからな、チャンスやアイデアは狙ってるけどよ、基本的には期待しないことです。

うむ。相違ないな。お金のかからないパルクールでオッケーだ。